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技術系の雑多なブログ

リソグラフ作品を通して、先入観とステレオタイプを感じて考える展示 "Don't Pay for Me" に行ってきた

いまFabCafe Tokyoで開催中の Don't Pay for Me という展示にお邪魔してきました。

fabcafe.com

大学の後輩でもある友人がアーティストの1人として参加していて、お誘いいただいたのがきっかけなのですが、思うことがたくさんある展示で楽しかったです。とくに最近は、組織文化やコミュニケーションについて考えることが多いので、人の認識や解釈の違い、コミュニケーションの齟齬に関連するトピックで様々な視点を得られたことは個人的に大きな収穫でした。せっかくなので感想を忘れないうちに文字起こししていたら、あれよあれよという間に膨らんでいったので記事にしました。

この展示は、日常的な生活や会話に潜む先入観やステレオタイプについて、国内外30人のアーティストが作品を描くというものです。タイトルの "Don't Pay for Me(私の分払わないでよ)" は、知人やパートナーと食事にいったときに時折発生する「あれ、どっちが払うの?」という問題から、「そういうものだから」という理由で払わないことになる側の違和感がモチーフになっています。

画像引用 私はパートナーと食事に行き、数日前の出来事で盛り上がり、お会計を頼む。。。そこには「性」や「立場」に対する社会的な固定概念がある。ジェンダー間の平等を進めると、人は自由になれる。 引用元: リソグラフ展示: ”Don’t Pay for Me”

もしかすると、ジェンダー問題が絡むタイトルから、思想的な要素の強い展示に見えて敬遠される方もいらっしゃるかもしれませんが、そういった意図の展示ではないということを先にお伝えしておきます。ジェンダー間にある不平等をテーマにした作品もありますが、それは一つのトピックでしかありません。展示のコンセプトは先入観やステレオタイプです。それを、異なる視点で、異なるトピックについて、アーティストの人たちが作品として描き出しています。

それぞれの作品がどれも素敵なのですが、共通しているのは表現のバランスが絶妙であるということです。どこに先入観やステレオタイプが潜んでいるのかはわかる程度に具体性があり、しかし解釈や感想が分かれる程度には曖昧というなんともいえない塩梅になっています。好きな作品を探すのも楽しいですが、全ての作品をじっくり眺めるのもおすすめです。いろいろ感じたり考えたりしたあとで、もう一周すると1度目とは見え方が変わったりという楽しさもあるかもしれません。

そして、この展示をさらに楽しむ方法は、誰かと感じたことや考えたことを互いに共有してみることです。特に、性別や立場など、社会的な特性の異なる人と感想を共有しあうと、いろいろな発見があるはずです。

大事なのはこの展示がリソグラフの鮮やかな発色のように、展示作品を見てくださる一人一人に以前自分が感じた不平等を誰かに話したいと、会話の種をつくること。

展示のWebサイトにあるこの一文にもありますが、「作品を通して誰かと話すこと」は、この展示の狙いの一つでもあります。

この体験のデザインが個人的にはとてもハマりました。まずそれ自体が面白いということに加え、人間関係における最も原始的な課題である「コミュニケーション不足」にアプローチしているのがとても好きなポイントです。

人は皆違うので、何もせずに他者の感情や考えを完全に知ることはできません。もちろん、表情や行動、経験的なパターン、あるいは一般的な通説などの情報から推測することは可能です。しかしそれは、相手から直接聞いたものではありません。もしかしたら、もしかしたら、もしかしたら...そうやって推測を重ねて、相手の考えていることとは全く違う結論を出してしまうというのはよくある話です。

感じ方や考え方の違いを認識することは、対話を始める絶好の機会になります。日常の出来事の中で違いを見つけることもできなくはないのですが、些細に思えることだったり、時間に流されてしまったり、なんとなく話題にあげづらい、みたいなことはよくあります。その点、作品という固定の題材が対象ならば問題はありません。先入観やステレオタイプをテーマとした作品によって、違いを認識するきっかけをつくり、本題であるコミュニケーションへ繋げる、というのは実に見事な流れです。

実際に、作品を題材にして他の方と感想の共有や考えたことについて話をしてみて感じたのは、先入観やステレオタイプは、コミュニケーションを阻害するだけでなく、コミュニケーション不足によってできた相手への誤解や思い込みといった隙間にするりと滑り込んで居座るということです。そして最初は小さかった隙間を気づかないうちに広げていって、やがてどうしようもない溝を作り出します。話さずにわかることは格好良いかもしれません。話さずにわかってもらえることは嬉しいかもしれません。それでも、違いを尊重し、話してわかり合うことの素晴らしさをもっと感じられるようになったらいいと思う、そんな体験でした。

ところで「尊重する」という言葉で思い出しましたが、Pay(払う)という動詞はお金に対しても使いますが、尊敬に対しても使いますよね。日本語では「敬意を払う」といい、英語では "pay respect to~" といいます。直訳でも意味が通じるというのが面白いところです。 "Don't Pay for Me"、きっと狙ってこのタイトルなのでしょう。ふとしたことで、コンテクストの端と端がつながっていくような丁寧な作り込みで、本当に素敵だと思います。

この展示の全ての作品が、リソグラフという手法で描かれていることもまた、そういった丁寧さを感じる魅力の一つです。リソグラフ印刷では、オフセット印刷のように一度にたくさんの色を出力するのではなく、版画のように色を重ねることで多彩な色彩を表現していきます。思い通りの色を出すためには、何度も試行錯誤を重ねなければならないですし、複数回の印刷の過程で位置が微妙にずれたりします。一筋縄でいかない上にズレるし難しい...どこか人と人の関係を思わせるこの手法にとって、そのあり方こそが魅力であるというのは、なんだか報われるような気持ちになりました。

最後になりましたが、 Don't Pay for Me に出展されているアーティストの皆様、運営の皆様、素敵な展示をありがとうございます。

こちらの展示は、9/12まで渋谷のFabCafe Tokyoでやっているので、興味がわいたらぜひ一度足を運んでみてください。もしできれば誰かと連れ立って、展示から感じたこと考えたことを、お互いに共有しあってみてください。きっと、同じこと違うこと、知っていること知らないこと、わかっているようでわかってなかったこと、いくつもの発見があるはずです。